選択のパラドックスの罠 あなたが無力感を感じたり満足感を得られないのはこれが原因?!

この記事を読むのに必要な時間は約 143 分です。


こんにちは、senaです。


今日は、アフィリエイトでも使える

選択のパラドックスという概念について、

書いてみようと思います。



コロンビア大学ビジネススクールの教授
「シーナ・アイエンガー(Sheena Iyengar)」教授が
自身の書籍「選択の科学」で説いた言葉です。

本来、選択肢が多いほど満足度が高まるものだが、
選択肢が多すぎると選べなくなってしまい、
満足度が高まらないというものです。

別名では、ジャムの法則などが有名です。


目次

人は自由になるほど幸福度が下がる!選択のパラドックスが起きる4つの原因



「選択肢は多いほどよい」という近代の定説に、
心理学者・Barry Schwartz(バリー・シュワルツ)氏は異議を唱えます。
様々な事例をもとに、選択肢の多さが逆に人々の幸福度を下げている
とする自説を説きました。(TED2005より)



バリー・シュワルツ氏が語る、
選択のパラドックスについての動画がありましたので、
掲載しておきます。





心理学者バリー・シュワルツが、
選択の自由という西欧社会の根幹をなす
教義に狙いを定めます。

シュワルツの推定によると、
選択は我々を更に自由にではなくより無力に、
もっと幸せにではなくより不満足にしています。
と説いています。

https://www.ted.com/talks/barry_schwartz_on_the_paradox_of_choice?language=ja

こちらはTEDのサイトでの動画になります。


シュワルツ氏が動画で説いていることの
和訳を載せておきます。


選択のパラドックス 心理学者バリー・シュワルツの講義和訳文 1




選択のパラドックスについて の英文日本語訳と感想です。
(興味があれば読んでください)


私自身の著書にあることについてお話します。
既にどこかで聞いた事があるような他のことと共鳴するでしょう。
しかしそうでない方のために 私が関連付けながら話していきます。

まずは私が「公式教義」と呼ぶものから始めたいと思います。
何の公式教義なのか?西欧の産業社会全ての公式教義です。
その公式教義はこんな調子のものです。
もし我々が自らの市民の繁栄を最大限にすることに興味があるのなら
その方法は個人の自由を最大限にすることである。

その理由はひとつは自由そのものが良いということ。
貴重で、価値があり、人であることの根幹をなしているから。

更に、もし人に自由が与えられれば 一人一人が
個人に基づいて行動できる。

我々自身の繁栄を最大限にするように行動し、
他の誰も我々のために決断をしないで済みます。

自由を最大限にするためには
最大限の選択を与えることです




1:06

選択が多ければ、その分自由度は増し、自由度が増せばその分繁栄する。



1:15

この考えが私が思うに、あまりにも深く浸透しているため、
誰もこれに異議を唱えようとすら思わないのです。

またこれは我々の人生にも深く埋め込まれています。
近代の発展で可能になったものからいくつか例を出しましょう。

これが私のスーパーです。
それほど大きくはないサラダ・ドレッシングについて一言。
私のスーパーには175種のドレッシングがあって、
それに加えて10種のエキストラ・バージン・オリーブ・オイルと、
12種のバルサミコ酢があります。

もしここの175の既製品のドレッシングの中には、
気に入ったのがなかった時に自分で作れるようにね。

まあ、このスーパーはこんな感じです。
で、次に電機店にステレオシステムを作るために行って、
スピーカー、CDプレーヤー、テープデッキ、 チューナー、アンプなど。

それでこの電機店1店舗の中に、
上のスーパーと同じ数くらいのステレオシステムがある。

1店舗の中にある部品を組み合わせていくだけで
650万種ものステレオシステムが組み立てられるのです。



2:22

これは莫大な数の選択肢だと 認めざるを得ませんね。
他の分野ではコミュニケーションの世界。

私が子供だった頃はマーベル社からでさえあれば、
どんな電話サービスでも受ける事ができる時代がありました。

電話は買うものではなく借りるものでした。
その結果、電話が壊れる事はないということがありました。

そんな日々も今は昔、我々の前には特に携帯電話の世界においては、
無尽蔵の選択肢が用意されています。

これらは携帯電話の未来の形です。
私のお気に入りは真ん中のMP3プレーヤー、鼻毛切り、
クレームブリュレバーナーが一体化してるもの。

もしお近くの店舗でまだ見かけていなかったとしても大丈夫。
近日中にお目にかかれますよ。

これが何をもたらすかというと、人々が店に来る際、
ある質問が既に問われています。
その質問の答えを今知りたいですか? 答えはNoです。
余計なことをしない携帯電話を買おうとしてもそれは不可能なのです



3:19

さて 購買活動以上に重要な人生の他の局面においても、
同じような選択の爆発が起こっています。

医療について米国では既に 皆さんが医者のところに行くと、
医者がどうすれば良いか教えてくれるという時代は終わりました。

その代わりに皆さんが医者に行くと医者からAをすることができるし、
Bをする事もできると言われます。

Aにはこのような効果とリスクがあってBにはこのような効果とリスクがある。
あなたはどうしたいですか?と聞かれます。

そこで「先生 私はどうしたらいいでしょう?」 と聞くと
医者はAにはこのような効果とリスクがBにはこのような効果とリスクがあります。

あなたはどうしたいですか?
そこで「先生が私だったらどうしますか?」 と聞いてみると、
すると医者は 「でも私はあなたではありません」と言う。

そしてその結果 ―これを「患者の自己決定権」と呼び、
こう呼ぶととてもいい事のように聞こえますが―
でも本当は何が起こっているのかと言うと、
決断権の重荷と責任を何らかの知識のある者から、
―この場合は医者から― 何も知らず少なくともとても具合が悪いので、
判断をくだすのに必ずしも適さない者すなわち患者に委ねているのです



4:24

処方箋薬の市場では われわれ消費者に対して、
莫大なマーケティング活動が行われてますが、
よくよく考えてみるとこれは全く意味のない事で、
我々に買う事はできないのです。

我々が購入することができないものをなぜ売り込むのか?
その答えは我々が翌朝かかりつけの医者に電話をして
処方箋を変えてもらいたいと頼ませようとしているのです。

私たちのアイデンティティーというドラマチックなものでさえ、
選択できるものとなったことをこのスライドは示しています。
[性別は本人に選ばせようと思うの]
アイデンティティーを受け継がず発明する。
しかも好きなだけ再発明するようになると、
それが意味するところは毎朝目が覚めた時に、
自分がどんな人になりたいのか決断しなくてはならない。

結婚や家族に関しては以前にはみんなが持つ共通認識として、
できるだけ早く結婚をしてできるだけ早く子づくりをするということがありました。
本当の選択は誰と結婚するかであって、いつ結婚するかとか、
結婚後どうするかではありませんでした



5:24

現在では 全てのものがどうにでもなってしまっています。
私は素晴らしく知性にあふれた学生達を教えていますが、
以前と比べて与える課題を20%くらい減らしています。

それは学生達の頭が悪くなっているからではなく、
熱心でなくなったからでもありません。

それは学生達が他のことで頭がいっぱいだからです。

「結婚をするべきか否か? 今結婚をするべきか?
結婚を遅らせるべきか?子供が先か、キャリアが先か?」

これらは圧倒的な質問です。そして学生達は私の出した課題を
全てやり遂げるかどうかやいい成績をとるかどうかに関わらず、
これらの質問の答を出していくのです。そしてそうすべきなのです。
これらはとても重要な質問ですから、カールが指摘したように、
仕事に関して我々は恵まれています。
世界中のどこにいても 一日のどの時間でも、
仕事をすることを可能にするテクノロジーがあるからです。
ランドルフ・ホテルを除いてね



6:17

(笑)



6:22

それはそうと1か所だけ無線が通じる秘密のところがあるんですよ。
私が使いたいから誰にも言いません。
これが意味するところは、仕事に関して我々に与えられている。

素晴らしい選択の自由ということですが、
私達は常に何度も何度も何度も仕事をすべきか否かの決断を
下さなくてはならない。

子供のサッカーの試合を見に行って、尻ポケットに携帯電話を突っ込んで、
反対のポケットにはモバイル端末。

膝の上にノートパソコンを開いている。
それらが全て電源が落とされていたとしても
子供がサッカーの試合をむちゃくちゃにしているのを観ながら、
常に自問自答をしているのです。

「この電話にでるべきだろうか? このメールの返事は?レポートのドラフトは?」
そしてそれらの答えがたとえ全てNoであったとしても、
子供のサッカーの試合を見ると言う経験は、
自問自答がなかった時とはとても違ったものになっています。

周りを見回してみると大きなことも小さなことも、
物質的なことも生活に関わることも人生の全てが選択に集約されています。

我々が以前生きていた世界は このようなものでした。
[全て定めのとおり] というのは いくつかの選択はありましたが、
全ての物事が選択ということではなかった。

我々が今生きている世界はこんな感じです。
ここで出てくる問いはこれはいいニュースか悪いニュースか?
その答えはYesです。



7:42

(笑)




7:44

我々はみんな良さについては知っています。
ですので私は悪い面について話したいと思います。
これら全ての選択には二つの効果があります。二つの悪い効果です。

一つは矛盾しているのですが、
これが開放感ではなく無力感を生むということです。

あまりにも多くの選択肢を前にすると、
人は選択が非常に難しくなってしまいます。

これの非常にいい例をひとつ出しましょう。
定年後の年金投資計画に関する研究で、
私の同僚がヴァンガードという巨大な投資信託会社から、
約2000か所の職場に渡る約100万人の社員の情報を手に入れたのです。

彼女が調べたところによると、会社が提示する投資信託が10件増えるごとに
参加率が2パーセント落ちたという結果が出たのです。

50件の投資信託を提示すると 5件提示した時と比べて、
参加する社員は10%減る。何故でしょう?

それは 50件もの投資信託が提示されると、
どれを選べばいいのか決めるのが難しくなり、
後回しにしてしまうのです。

それで一日一日と延ばしていき、
それがどんどん積み重なって結局決断を下す事はなくなるのです。

理解しなくてはならないのは、
これが人々が引退した時資金不足に陥り、
ドッグフードを食べざるを得ない状況に陥るということを
意味するだけでなく、

決断を下す事があまりにも難しいので
会社から受け取る権利のある資金を放棄してしまっているということです。

彼等は参加しないことによって、
年間5000ドルもの会社が喜んで提供すべき資金を、
受ける権利を放棄してしまうのです。

この無力感は 選択が多すぎることに起因しています。
そして世界をこのようにしてしまう




9:27

(笑) [最後にドレッシングですが フレンチ ブルーチーズ、 「ランチ」のどれに?]




9:34

今後無限に影響を及ぼす決断は正しく下したいですよね?
間違った投資信託やましてや間違ったドレッシングを選びたくはないという、
これが一つの影響です。

二つ目の影響はこのような無力感に打ち勝って決断を下したとしても、
選択肢が少なかった時と比べて、
決断の結果に対して得られる満足度は低いということです。

これにはいくつかの理由があります。
ひとつはドレッシングの選択肢がたくさんあると
一つ買ってそれが完璧ではなかった時 完璧であった試しがありましたか?

もっといいものを選べたはずなのにと想像することは、いともたやすいことです。
そこで何が起こるかというと、この取らなかった選択肢が
自分の決断を後悔させることになり
この後悔が下した決断の満足度から差し引かれていくのです。
例えそれがとてもいい決断だったとしても
選択肢が増えれば増える程、自分が選んだオプションに対し、
不満を感じやすいことになります



10:31

二つ目は 経済学者が機会費用と呼ぶものです。
今朝 ダン・ギルバート氏が我々の価値判断は比較対象されるものに
影響されると言う点を、その講演の中で語っておられました。
多くの選択肢を検討しなくてはならないと、
選ばなかった選択肢の良いところを想像し、
選んだ選択肢にその分不満を持つ度合いが多くなることは、
たやすく想像できます。ここに一つの例があります



10:59

ニューヨークから来た人には悪いのですが [85番街の駐車スペースが気になるんだ]




11:03

このように考えてください [85番街の駐車スペースが気になるんだ]
ここにハンプトンズのカップルがいます。
高価な邸宅に暮らし、素晴らしい浜辺で過ごす。
素晴らしい日です。全てを手に入れてる。

他に何を望むというのでしょう この男性は思ってます。
「ええい くそっ 今は八月で マンハッタンの隣人達は
みんなどこかに出かけている。
だからマンションの目の前の駐車場が空いているじゃないか」

そして2週間、毎日毎日あの素晴らしい駐車スペースを逃している
という考えに捕われているのです。

機会費用は我々の選択が たとえどんなに良いものであっても、
その満足度から差し引かれていくのです。

だから選択肢が多ければ多いほど、またそれらが魅力的であればあるほど、
それらは機会費用として我々に跳ね返ってくるのです。

もう一つの例を挙げましょう。この漫画は多くの点を示しています。
ひとつは 今を生きるという点。
また ゆっくりと時間をかけてやるということ。

でも一つあげるとしたら、どれか一つのことを選んだとしたら、
他の事をやらないことを選んだということでもある。
そしてその他のことには、たくさんの魅力的なことがあるかもしれない。
そのことが今自分がやっていることから 魅力を損ねるのです。



12:13

三つ目は期待値の増大です。
これはジーパンを買い換えに行った時に気がついたのですが、
私はいつもジーパンを履いてます。

以前はジーパンは一種類しかなく、それを購入して
全然体にあってなくて信じられないくらい着心地も悪くて、
でも長い事履いて何度も洗うことによって、なんとなく良くなっていった。

そこで何年も何年も履いていたジーパンを買い替えるために出かけていって、
「ジーパンが欲しい 私のサイズはこれです」 と言いました。

すると店員が 「スリムとストレートとリラックスと どれにしますか?
ボタンフライかジッパーにしますか? ストーンウォッシュそれともアシッド?
ダメージ加工のものにしますか? ブーツカットにするかテーパードにするか、
それともそれとも」と永遠に続く。

私は呆れて何も言えなくなってしまったのですが、
ほどなくして 「以前一つしかなかったやつと同じものが欲しい」と言ったのです




12:55

(笑)



13:00

彼はそれがどんなものか見当もつかなかったので、
私はいろいろのジーパンを1時間にも渡り試着して
正直に言うと今までで最高にフィットした。

ジーパンを手に入れてお店を後にしました。
これらの多くの選択肢が私が最高のものを選ぶ事を可能にしました。
でも気分は最悪でした。何故か?
それを自分に説明するために本を1冊書きました。
私の気分が最悪だった理由はこれだけ多くの選択肢が与えられていることで、
私にとっての良いジーパンの期待値が上がったからです。

もともと選択肢が一つしかなかった時は全く期待などしていなかったのです。
それが100に増えてしまったとたんに、どれかひとつ完璧であるべきだと。
そして私が得たものは良いものだったけど完璧ではない。

そこで期待していたものと実際のものを比較して、
期待していたものと比べて満足度の低いものを得たのでした。

人々の生活に選択肢を増やすことは、
それらの選択肢に対する期待値を増大させることを余儀なくさせてしまいます。

そしてそれは結果がたとえ良くても、
その満足度をより少なくするということを生み出します。
[どれも素晴らしそう 間違いなくがっかりする]
マーケティング業界は誰もこれを知りません
[どれも素晴らしそう 間違いなくがっかりする]
知っていたとしたら誰もこれが何の事がわからないでしょうから、
真実とはこのようなものです



14:23

(笑) [全てがひどかった頃の方が全てが良かった]



14:26

全てががひどかった頃の方が全てが良かった理由とは、
何もかもが良く無かった頃は良い意味での驚きをもたらす
体験をすることが可能だったからです。

今現在 我々裕福な産業国に住む市民がこの世界で生きている限り、
期待値が完璧を求めている中で望みうる最高のことは期待通りということなのです。
良い意味での驚きというものはあり得なくなっている。
それは我々の期待値が天井知らずになってしまったからなのです。
皆さんが今日ここに来た目的、幸せを得る秘密とは期待値を低く持つということです



15:02

(笑)



15:04

[頼んだよ] (拍手)



15:10

ひとつ個人的な話をします。
私は大変素晴らしい女性を妻としています。
これ以上はないというくらい妥協しませんでした。
でも妥協するというのは必ずしも悪い事ではありません。

最後にきちんとフィットしていないジーパンを買う事の悪影響の一つとして、
買うものが一種類しかない場合満足していない理由を考えてみて、
誰の責任か答えは明確です。この世の中が悪い。

あなたに何ができたでしょう?ジーパンの種類が何百もあるとなって、
満足のいかないものを買ってしまった時、
誰の責任かと自問自答すると、同じように明確に答えはあなた自身なのです。
あなたはもっといいものを選べたはずです。
何百種類ものジーパンを前にして失敗は許されません。
だから人々が決断を下す時、またその決断がたとえいいものであったとしても、
それに満足が得られなかったら 自分自身を責めるのです。



16:10

ここ数10年で産業国において鬱病が爆発的に増加しました。
私は鬱病や自殺が爆発的に増えた。

大きな要因は ―これだけではありませんが―
人々の期待値が高すぎて、その結果、経験が不満足なものに
なってしまっているということがあると思っています。

そしてそのような体験を自分自身に説明しようとする際、
全て自分の責任だと思ってしまうのです。

すると総体的な結果として一般的に客観的には良い事になっているのに、
気持ちは最悪になっています。

そこで皆さん覚えていてください。
これが皆が自明のこととして信じている公式教義ですが、
それはみんな嘘っぱち、真実ではないのです。

全く選択肢がないよりは、多少あった方がいいに決まっています。
だからといって選択肢は多ければ多いほどいいわけではありません。
私にはわかりませんが、秘密の数値があるのでしょう。
私は選択肢の多さが、我々に繁栄をもたらすという地点を
とっくに通過してしまったと自信を持って言えます




17:06

そこで政策問題として、もう少しで終わりますよ。
政策問題として考えなくてはならないのは次の点です。

産業社会において選択肢を与えているものは物質的な豊かさです。
この世の中には、選択肢の多さが問題になっているのではないところが、
まだ数多くあることを我々は聞き知っています。

彼等の問題は選択肢が少なすぎることです。
だから私が言っていることは、近代の豊かな西欧社会独特の問題なのです。

そこで非常に不愉快でいらいらさせるのは、次の点です。
スティーブ・レヴィットが昨日皆さんにお話しした、
高価で取扱が難しいチャイルドシートが何の効果もなく
お金の無駄だということ私が言いたいのは、
このような高価で難しい選択肢が、役に立たないだけではない。
実際には危害を加えるのです。我々をより悪い方へと導く事になるのです




18:03

我々の社会において、多くの選択肢を可能にしているものを、
選択肢が少なすぎる社会に移す事ができたとしたら、
選択肢の少なすぎる社会の人たちの生活が向上するだけでなく、
我々の生活も向上するのです。

これが経済学者が言うところのパレート改善ということです。
収入の再分配は貧しい人たちだけでなく全ての人たちを幸せにします。

それは多すぎる選択肢の悩みから解放されるからです。
結論としてこの漫画を読んだ時、
[限界などない ―願ったとおりになれるのだ]
洗練された人は 「この魚が何を知っているのだろう
この金魚鉢の中では 何も可能性などないことを 知っているでしょうに」
と言うべきなのです。

想像力の欠如、近視眼的な世界観、私も初めはそのように解釈していました。
でも色々考えを進めて行くうちに、この魚は何事かを知っているかもしれない、
と思うようになりました。

それは究極のところ、可能性を広げるために金魚鉢を叩き割ってしまったら、
得られるのは自由ではなく無力感だからです。

可能性を広げるために、金魚鉢を叩き割ってしまったら、
満足度を低下させてしまいます。

無力感を増大させ満足度を低下させる。
みんなが金魚鉢を必要としています。
今あるものはどうしても限界がある。
我々にとってだけでなく 魚にとってさえも。

でも隠喩的な金魚鉢の欠如は、不幸を作るレシピに過ぎません。
また 大災害のもとにもなることでしょう。 ありがとうございました



19:29

(拍手)





選択のパラドックス 心理学者バリー・シュワルツの講義和訳文 2




こちらも同様の内容の翻訳文です。
多少ニュアンスが違うこともあると思いますので、
こちらも参考にされてください。



英文日本語訳資料
I’m going to talk to you about some stuff that’s in this book of mine
私自身の著書にあることについてお話します

that I hope will resonate with other things you’ve already heard,
既にどこかで聞いた事あるような他のことと共鳴するでしょう

and I’ll try to make some connections myself, in case you miss them.
しかしそうでない方のために、私が関連付けながら話していきます

I want to start with what I call the “official dogma.”
まずは私が「公式教義」と呼ぶことから始めたいと思います

The official dogma of what?
何の公式教義なのか?

The official dogma of all western industrial societies.
西欧の産業社会全ての公式教義です

And the official dogma runs like this:
その公式教義はこんな具合にいきます

if we are interested in maximizing the welfare of our citizens,
もし我々が自らの市民の繁栄を最大限にすることに興味があるのなら

the way to do that is to maximize individual freedom.
その方法は個人の自由を最大限にすることである

The reason for this is both that freedom is in and of itself good,
その理由はひとつは自由そのものがいいことである、

valuable, worthwhile, essential to being human.
貴重で、価値があり、人であることの根幹をなしているから

And because if people have freedom,
更に、もし人に自由が与えられれば

then each of us can act on our own to do the things that will maximize our welfare,
一人一人が個人に基づいて行動できる 我々自身の繁栄を最大限にするように行動し、

and no one has to decide on our behalf.
他の誰も我々のために決断をしないで済みます

The way to maximize freedom is to maximize choice.
自由を最大限にするには、選択を最大限与える事である

The more choice people have, the more freedom they have,
選択が多ければ、その分自由度は増し、

and the more freedom they have, the more welfare they have.
自由度が増せば、 その分繁栄する

This, I think, is so deeply embedded in the water supply
この考えが、私が思うに、あまりにも深く浸透しているため

that it wouldn’t occur to anyone to question it.
誰もこれに異議を唱えようとすら思わないのです

And it’s also deeply embedded in our lives.
またこれは我々の人生にも深く埋め込まれています

I’ll give you some examples of what modern progress has made possible for us.
近代の発展が我々に可能にしてくれたもののいくつかの例を出しましょう

This is my supermarket.
これが私のスーパーです。

Not such a big one.
それほど大きくはない

I want to say just a word about salad dressing.
サラダ・ドレッシングについて一言

175 salad dressings in my supermarket,
私のスーパーには175種のドレッシングがあって

if you don’t count the 10 extra-virgin olive oils and 12 balsamic vinegars
それに加えて10種のエキストラバージンオリーブオイルと 12種のバルサミコ酢があります

you could buy to make a very large number of your own salad dressings, in the off-chance that none of the 175 the store has on offer suit you.
もしここに既にある175のドレッシングの中で 気に入ったのがなかった時に自分で作れるように

So this is what the supermarket is like.
まあ、このスーパーはこんな感じです

And then you go to the consumer electronics store to set up a stereo system
で、次に電気機器店にステレオシステムを作るために行って

— speakers, CD player, tape player, tuner, amplifier —
スピーカー、CDプレーヤー、テープデッキ、チューナー、アンプ

and in this one single consumer electronics store,
など それでこの電気機器店1店舗の中に

there are that many stereo systems.
上のスーパーと同じ数くらいのステレオシステムがある

We can construct six-and-a-half-million different stereo systems out of the components that are on offer in one store.
1店舗の中にある部品を組み合わせていくだけで、650万種もの ステレオシステムが組み立てられるのです

You’ve got to admit that’s a lot of choice.
これは莫大な数の選択肢だと認めざるを得ませんね

In other domains — the world of communications.
他の分野では、コミュニケーションの世界

There was a time, when I was a boy, when you could get any kind of telephone service you wanted, as long as it came from Ma Bell.
私が子供だった頃は、 マーベル社からでさえあれば、どんな電話サービスでも 受ける事ができる時代がありました

You rented your phone. You didn’t buy it.
電話は買うものではなく借りるものでした

One consequence of that, by the way,
その影響のひとつとして、

is that the phone never broke.
電話が壊れる事がない、ということがありました

And those days are gone.
そんな日々も今は昔

We now have an almost unlimited variety of phones, especially in the world of cell phones.
我々の前には、特に携帯電話の世界においては 、 無尽蔵の選択肢が用意されています

These are cell phones of the future.
これらは携帯電話の未来の形です

My favorite is the middle one —
私のお気に入りは真ん中の、

the MP3 player, nose hair trimmer, and creme brulee torch.
MP3プレーヤー、鼻毛切り、クレームブリュレバーナーが一体化してるもの

And if by some chance you haven’t seen that in your store yet,
もしお近くの店舗でまだ見かけていなかったとしても大丈夫

you can rest assured that one day soon you will.
近日中にお目にかかれますよ

And what this does is it leads people to walk into their stores asking this question.
これが何をもたらすかというと 人々が店に来る際、ある質問が既に問われています

And do you know what the answer to this question now is?
その質問の答えを今知りたいですか?

The answer is “No.”
答えはNoです

It is not possible to buy a cell phone that doesn’t do too much.
機能が多すぎる携帯電話を買わないでいられることはできません

So, in other aspects of life that are much more significant than buying things, the same explosion of choice is true.
さて、購買活動以上に重要な人生の他の局面においても 同じような選択の爆発が起こっています

Health care — it is no longer the case in the United States that you go to the doctor, and the doctor tells you what to do.
医療について、米国では既に皆さんが医者のところに行って 医者がどうすればいいか教えてくれるという段階ではなくなりました

Instead, you go to the doctor, and the doctor tells you,
その代わりに、皆さんが医者に行き、 医者から

“Well, we could do A, or we could do B. A has these benefits,
まあ、Aをすることができるし、Bをする事もできる、と言われる

and these risks. B has these benefits, and these risks.
Aにはこのような効果とリスクがあって Bにはこのような効果とリスクがある。

What do you want to do?”
あなたはどうしたいですか?

And you say, “Doc, what should I do?”
と聞かれる そこであなたは「先生、私はどうしたらいいでしょう?」と聞くと

And the doc says, “A has these benefits and risks, and
医者はAにはこのような効果とリスクが、

B has these benefits and risks.
Bにはこのような効果とリスクがあります

What do you want to do?”
あなたはどうしたいですか?

And you say, “If you were me, Doc, what would you do?”
そこであなたは「先生が私だったらどうしますか?」と聞いてみる

And the doc says, “But I’m not you.”
すると医者は「でも私はあなたではありません」と言う

And the result is — we call it “patient autonomy,”
そして結論、我々はこれを「患者の自己決定権」と呼ぶのです

which makes it sound like a good thing,
このような言い方をするととてもいい事のように聞こえます

but what it really is a shifting of the burden and the responsibility for decision-making from somebody who knows something —
でも本当は何が起こっているのかと言うと、決断権の重荷と責任を それについて何らかの知識のある者から

namely, the doctor
この場合は医者から


— to somebody who knows nothing and is almost certainly sick and thus not in the best shape to be making decisions — namely, the patient.
何も知らず、少なくともとても具合が悪いので 判断をくだすのに必ずしも最適ではない者、 患者に委ねてしまっている

There’s enormous marketing of prescription drugs to people like you and me, which,
処方箋薬の市場において、私やあなたのような消費者に対して 莫大なマーケティング活動が行われてますが

if you think about it, makes no sense at all,
よくよく考えてみるとこれは全く意味のない事で

since we can’t buy them.
我々に買う事はできないのですから

Why do they market to us if we can’t buy them?
我々が購入することができないものをなぜマーケットするのか?

The answer is that they expect us to call our doctors the next morning and ask for our prescriptions to be changed.
その答えは我々が翌朝かかりつけの医者に電話をして 処方箋を変える指示を出す事を望んでいるのです

Something as dramatic as our identity has now become a matter of choice,
この状況が陥っている意味は 私達の個性というドラマチックなものでさえ

as this slide is meant to indicate.
選択できることに成っているのです

We don’t inherit an identity; we get to invent it.
我々は個性を受け継ぐのではなく、発明できる

And we get to re-invent ourselves as often as we like.
そして好きなだけ自分を再発明することができる

And that means that everyday,
それが意味するところは

when you wake up in the morning,
毎朝目が覚めた時に

you have to decide what kind of person you want to be.
自分がどんな人になりたいのか決断をくださなくてはならない

With respect to marriage and family,
結婚や家族に関しては、

there was a time when the default assumption that almost everyone had is
以前には 、みんなが持つ共通認識として、

that you got married as soon as you could,
できるだけ早く結婚をして、

and then you started having kids as soon as you could.
できるだけ早く子づくりをするということがありました

The only real choice was who, not when, and not what you did after.
本当の選択は誰とするかであって、 いつするのかや、その後どうするかではありませんでした

Nowadays, everything is very much up for grabs.
現在では、全てのものがどうにでもなってしまっています

I teach wonderfully intelligent students,
私は素晴らしく知性にあふれた学生達を教えていますが

and I assign 20 percent less work than I used to.
以前と比べて20%くらい少ない課題を与えています

And it’s not because they’re less smart,
それは学生達の頭が悪くなっているからではなく、

and it’s not because they’re less diligent.
熱心でなくなったからでもありません

It’s because they are preoccupied, asking themselves,
それは学生達が他のことで頭がいっぱいだからです

“Should I get married or not?
「結婚をするべきか否か?

Should I get married now?
今結婚をするべきか?

Should I get married later?
結婚を遅らせるべきか?

Should I have kids first, or a career first?”
子供が先か、キャリアが先か?」

All of these are consuming questions.
これらは圧倒的な質問です

And they’re going to answer these questions,
そして学生達は、

whether or not it means not doing all the work I assign and not getting a good grade in my courses.
私の出した課題を全て やり遂げるかどうか、いい成績をとるかどうかに関わらず これらの質問の答を出していくのです

And indeed they should.
そしてそうすべきなのです。

These are important questions to answer.
これらはとても重要な質問ですから

Work — we are blessed, as Carl was pointing out,
カールが指摘したように、仕事に関して、我々は恵まれています

with the technology that enables us to work every minute of every day from any place on the planet
世界中のどこにいても、一日のどの時間でも 仕事をすることを可能にするテクノロジーがあるからです

— except the Randolph Hotel. (Laughter)
ランドルフ・ホテルを除いてね (笑)

There is one corner, by the way, that I’m not going to tell anybody about, where the WiFi works.
それはそうと、1か所だけ 無線が通じる秘密のところがあるんですよ

I’m not telling you about it because I want to use it.
私が使いたいから誰にも言いません

So what this means, this incredible freedom of choice we have with respect to work,
これが意味するところは、仕事に関して我々に与えられている 、 素晴らしい選択の自由ということですが

is that we have to make a decision, again and again and again, about whether we should or shouldn’t be working.
私達は常に 何度も何度も何度も仕事をすべきか否かの 決断を下さなくてはならない

We can go to watch our kid play soccer,
子供のサッカーの試合を見に行って

and we have our cell phone on one hip,
腰に携帯電話を装着し、

and our Blackberry on our other hip,
反対側にはモバイル端末を取り付けて

and our laptop, presumably,on our laps.
膝の上にノートパソコンを開いている

And even if they’re all shut off,
それらが全て電源が落とされていたとしても

every minute that we’re watching our kid mutilate a soccer game,
私達の子供がサッカーの試合をむちゃくちゃにしている間中、

we are also asking ourselves,
常に自問自答をしているのです

“Should I answer this cell phone call?
「この電話にでるべきだろうか?

Should I respond to this email?
このメールの返事は?

Should I draft this letter?”
レポートのドラフトは?」

And even if the answer to the question is “no,”
そしてそれらの答えが例え全てNoであったとしても

it’s certainly going to make the experience of your kid’s soccer game very different than it would’ve been.
自問自答がなかった時とは、 供のサッカーの試合を見ると言う経験を とても違ったものにしてしまっています

So everywhere we look, big things and small things,
周りを見回してみると、 大きなことも小さなことも、

material things and lifestyle things, life is a matter of choice.
物質的なことも生活に関わることも 人生の全てが選択に集約されています

And the world we used to live in looked like this.
我々が以前生きていた世界はこのようなものでした

That is to say, there were some choices,
というのは、いくつかの選択はありましたが

but not everything was a matter of choice.
全ての物事が選択ということではなかった

And the world we now live in looks like this.
我々が今生きている世界はこんな感じです

And the question is, is this good news, or bad news?
ここで出てくる問いは、これはいいニュースか、悪いニュースか?

And the answer is yes. (Laughter)
その答えはYesです (笑)

We all know what’s good about it,
我々はみんな良さについては知っています

so I’m going to talk about what’s bad about it.
ですので私は悪い面について話したいと思います

All of this choice has two effects,
これら全ての選択には二つの効果があります

two negative effects on people.
二つの悪い効果です

One effect, paradoxically, is that it produces paralysis, rather than liberation.
一つは、矛盾しているのですが これが開放感ではなく無力感を生むということです

With so many options to choose from, people find it very difficult to choose at all.
あまりにも多くの選択肢を前にすると、 人は選択が非常に難しくなってしまいます

I’ll give you one very dramatic example of this:
これの非常にいい例をひとつ出しましょう

a study that was done of investments in voluntary retirement plans.
定年後の年金投資計画に関する研究で

A colleague of mine got access to investment records from Vanguard,
私の同僚が ヴァンガードという巨大な投資信託会社から、

the gigantic mutual fund company of about a million employees and about 2,000 different workplaces.
約2000か所の職場に渡る、 約100万人の社員の情報を手に入れたのです

And what she found is that for every 10 mutual funds the employer offered,
彼女が調べたところによると、 会社が提示する投資信託が10件上がるごとに

rate of participation went down two percent.
参加率が2パーセント落ちたという結果が出たのです

You offer 50 funds — 10 percent fewer employees participate than if you only offer five.
50件の投資信託を提示すると、5件提示した時と比べて 10%少ない社員が参加する

Why?
何故でしょう?

Because with 50 funds to choose from,
それは、50件もの投資信託が提示されると

it’s so damn hard to decide which fund to choose that you’ll just put it off until tomorrow.
どれを選べばいいのか決めるのが難しくなり 後回しにしてしまうのです

And then tomorrow, and then tomorrow, and tomorrow, and tomorrow,
それで、一日一日と延ばしていき、

and of course tomorrow never comes.
それがどんどん積み重なって 結局決断を下す事はなくなるのです

Understand that not only does this mean
理解しなくてはならないのは、

that people are going to have to eat dog food when they retire because they don’t have enough money put away,
これが人々が 引退した時資金不足に陥り、ドッグフードを食べざるを得ない 状況に陥るということ意味するだけでなく、

it also means that making the decision is so hard that they pass up significant matching money from the employer.
決断を下す事があまりにも難しいので 会社から受け取る権利のある資金を放棄してしまっているということです

By not participating,
彼等は参加しないことによって、

they are passing up as much as 5,000 dollars a year from the employer, who would happily match their contribution.
年間5000ドルもの資金を 会社が喜んで提供する資金を受ける権利を放棄してしまうのです

So paralysis is a consequence of having too many choices.
この無力感は選択が多すぎることに起因しています

And I think it makes the world look like this.(Laughter)
そして世界をこのようにしてしまう (笑)

You really want to get the decision right if it’s for all eternity, right?
今後無限に影響を及ぼす決断は正しく下したいですよね?

You don’t want to pick the wrong mutual fund, or even the wrong salad dressing.
間違った投資信託や、ましてや間違ったドレッシングを選びたくはない という

So that’s one effect.
これが一つの影響です。

The second effect is that even if we manage to overcome the paralysis and make a choice,
二つ目の影響は このような無力感に打ち勝って決断を下したとしても、

we end up less satisfied with the result of the choice than we would be if we had fewer options to choose from.
選択肢が少なかった時と比べて、決断の結果に対して 得られる満足度は低いということです

And there are several reasons for this.
これにはいくつかの理由があります

One of them is that with a lot of different salad dressings to choose from,
ひとつは、ドレッシングの選択肢がたくさんあると

if you buy one, and it’s not perfect — and, you know, what salad dressing is?
一つ買ってそれが完璧ではなかった時、完璧であった試しがありましたか?

— it’s easy to imagine that you could have made a different choice that would have been better.
もっといいものを選べたはずなのに、と想像することは いとも容易いことです。

And what happens is this imagined alternative induces you to regret the decision you made,
そこで何が起こるかというと この取らなかった選択肢が、自分の決断を後悔させることになり、

and this regret subtracts from the satisfaction you get out of the decision you made,
この後悔が下した決断の満足度から差し引かれていくのです

even if it was a good decision.
例えそれがとてもいい決断だったとしても

The more options there are,
選択肢が増えれば増える程、

the easier it is to regret anything at all that is disappointing about the option that you chose.
自分が選んだオプションに対し、 不満を感じやすいことになります

Second, what economists call “opportunity costs.”
二つ目は、経済学者が機会費用と呼ぶものです

Dan Gilbert made a big point this morning of talking about how much the way in which we value things depends on what we compare them to.
今朝、ダン・ギルバート氏が、我々の価値判断には それに比較対象されるものに影響されると言う点を その講演の中で語っておられました

Well, when there are lots of alternatives to consider,
多くの選択肢を検討しなくてはならないと、

it is easy to imagine the attractive features of alternatives that you reject,
選ばなかった選択肢の良いところを 想像し、

that make you less satisfied with the alternative that you’ve chosen.
選んだ選択肢に その分不満を持つ度合いが多くなることは容易く想像できます

Here’s an example.
ここに一つの例があります。

For those of you who aren’t New Yorkers, I apologize. (Laughter)
ニューヨーク出身の方には予めお詫び申し上げます (笑)

But here’s what you’re supposed to be thinking.
このように考えてください

Here’s this couple on the Hamptons.
ここにハンプトンズのカップルがいます

Very expensive real estate.
不動産価格がとても高く

Gorgeous beach. Beautiful day.
素晴らしい浜辺があって、素晴らしい日です。

They have it all to themselves.
彼等は全てを手に入れてる

What could be better?
もっといい事はあるのでしょうか?

“Well, damn it,” this guy is thinking,
「ええい、くそっ」 この男性は思ってます。

“It’s August. Everybody in my Manhattan neighborhood is away.
「今は八月で 私のマンハッタンの隣人達はみんなどこかに出かけている

I could be parking right in front of my building.”
だからマンションの目の前の駐車場がゲットできるじゃないか」

And he spends two weeks nagged by the idea that he is missing the opportunity, day after day, to have a great parking space.
そして2週間、素晴らしい駐車場を逃している という考えに、毎日毎日捕われているのです

Opportunity costs subtract from the satisfaction we get out of what we choose, even when what we choose is terrific.
機会費用は、我々の選択が例えどんなに良いものであっても、 その満足度から 差し引かれていくのです

And the more options there are to consider,
だから選択肢が多ければ多い程、

the more attractive features of these options are going to be reflected by us as opportunity costs.
また それらが魅力的であればあるほど、それらは機会費用として我々に跳ね返ってくるのです

Here’s another example.
もう一つの例を挙げましょう

Now this cartoon makes a lot of points.
この漫画は多くの点を示しています

It makes points about living in the moment as well,
ひとつは、今を生きるという点、

and probably about doing things slowly.
また ゆっくりと時間をかけてやるということ

But one point it makes is that whenever you’re choosing one thing,
でも一つあげるとしたら、どれか一つのことを選んだとしたら

you’re choosing not to do other things.
他の事をやらないことを選んだということでもある

And those other things may have lots of attractive features,
そしてその他のことはたくさんの魅力的なことがあるかもしれない

and it’s going to make what you’re doing less attractive.
それが今自分がやっていることをそれだけ魅力的でなくしている

Third: escalation of expectations.
三つ目は期待値の増大です

This hit me when I went to replace my jeans.
これはジーパンを買い換えに行った時に気がついたのですが

I wear jeans almost all the time.
私はいつもジーパンを履いてます

And there was a time when jeans came in one flavor,
以前はジーパンは一種類しかなく

and you bought them, and they fit like crap,
それを購入して、全然体にあってなくて

and they were incredibly uncomfortable,
信じられないくらい着心地も悪くて、

and if you wore them long enough and washed them enough times,
でも長い事履いて何度も洗うことによって

they started to feel OK.
なんとなく良くなっていった

So I went to replace my jeans after years and years of wearing these old ones,
そこで何年も何年も履いていたジーパンを買い替えるために出かけていって

and I said, you know, “I want a pair of jeans. Here’s my size.”
「ジーパンが欲しい。私のサイズはこれです」と言いました

And the shopkeeper said,
すると店員が

“Do you want slim fit, easy fit, relaxed fit?
「スリムと、ストレートとリラックスとどれにしますか?

You want button fly or zipper fly?
ボタンフライかジッパーにしますか?

You want stonewashed or acid-washed?
ストーンウォッシュ、それともアシッド?

Do you want them distressed?
ダメージ加工のものにしますか?

You want boot cut, you want tapered, blah blah blah …”
ブーツカットにするか、テーパードにするかそれともそれとも」

On and on he went.
と永遠に続く

My jaw dropped, and after I recovered,
私は呆れて何も言えなくなってしまったのですが、ほどなくして、

I said, “I want the kind that used to be the only kind.” (Laughter)
「以前一つしかなかったやつと同じものが欲しい」と言ったのです (笑)

He had no idea what that was,
彼はそれがどんなものか検討もつかなかったので

so I spent an hour trying on all these damn jeans,
私はいろいろのジーパンを1時間にも渡り試着して

and I walked out of the store — truth! — with the best-fitting jeans I had ever had.
正直に言うと今までで最高にフィットしたジーパンを手に入れてお店を後にしました

I did better. All this choice made it possible for me to do better.
これらの多くの選択肢が、私が最高のものを選ぶ事を可能にしてくれました

But I felt worse. Why?
でも気分は最悪でした 何故か?

I wrote a whole book to try to explain this to myself. (Laughter)
それを自分に説明するために本を1冊書きました

The reason I felt worse is that,
私の気分が最悪だった理由は、

with all of these options available,
これだけ多くの選択肢が与えられていることで

my expectations about how good a pair of jeans should be went up.
私にとってのいいジーパンの期待値が上がったからです

I had very low — I had no particular expectations when they only came in one flavor.
もともとは全く期待していませんでした 選択肢が一つしかなかった時は全く期待などしていなかったのです

When they came in 100 flavors, damn it,
それが100に増えてしまったとたんに、

one of them should’ve been perfect.
どれかひとつ完璧であるべきだ、と

And what I got was good, but it wasn’t perfect.
そして私が得たものは良いものだったけど完璧ではない

And so I compared what I got to what I expected,
そこで期待していたものと実際のものを比較して

and what I got was disappointing in comparison to what I expected.
期待していたものと比べて満足度の低いものを得たのでした

Adding options to people’s lives can’t help but increase the expectations people have about how good those options will be.
人々の生活に選択肢を増やすことは それらの選択肢に対する期待値を増大させることを 余儀なくさせてしまいます

And what that’s going to produce is less satisfaction with results, even when they’re good results.
そしてそれは結果が例えいいものだったとしても、 その満足度を より少なくするということを生み出します

Nobody in the world of marketing knows this,
マーケティングの世界の誰もこのことを知りません

because if they did,you wouldn’t all know what this was about.
知っていたとしたら、誰もこれが何の事がわからないでしょうから

The truth is more like this. (Laughter)
真実とはこのようなものです (笑)

The reason that everything was better back when everything was worse is that when everything was worse,
何もかもが良くなかった頃の方が全てがよかった理由とは、 何もかもが良く無かった頃は、

it was actually possible for people to have experiences that were a pleasant surprise.
良い意味での驚きをもたらす体験をすることが可能だったからです

Nowadays, the world we live in — we affluent, industrialized citizens,
今現在、我々裕福な産業国に住んでいる市民がこの世界で生きている限り

with perfection the expectation —
期待値が完璧を求めている中で

the best you can ever hope for is that stuff is as good as you expect it to be.
望みうる最高のことはものが期待通りであったということなのです

You will never be pleasantly surprised
良い意味での驚きというものはあり得なくなっている

because your expectations, my expectations, have gone through the roof.
それは我々の期待値が天井知らずになってしまったからなのです

The secret to happiness — this is what you all came for —
皆さんが今日ここに来た目的、

the secret to happiness is low expectations. (Laughter) (Applause)
幸せを得る秘密とは、 期待値を低く持つということです (笑) (拍手)

I want to say — just a little autobiographical moment
ひとつ、個人的な話をします

— that I actually am married to a wife,
私は大変素晴らしい女性を 妻としています

and she’s really quite wonderful.
これ以上はないというくらい。

I couldn’t have done better. I didn’t settle.
妥協しませんでした

But settling isn’t always such a bad thing.
でも妥協するというのは必ずしも悪い事ではありません

Finally, one consequence of buying a bad-fitting pair of jeans
最後に、きちんとフィットしていないジーパンを買う事の悪影響の一つとして

when there is only one kind to buy is that when you are dissatisfied, and you ask why,
買うものが一種類しかない場合、満足していない理由を考えてみて 

who’s responsible, the answer is clear:
誰の責任か、答えは明確です

the world is responsible.
この世の中が悪い。

What could you do?
あなたに何ができたでしょう?

When there are hundreds of different styles of jeans available,
ジーパンの種類が何百もあるとなって、

and you buy one that is disappointing,
満足のいかないものを買ってしまった時

and you ask why, who’s responsible?
誰の責任かと自問自答すると

It is equally clear that the answer to the question is you.
同じように明確に答えはあなた自身なのです

You could have done better.
あなたはもっといいものを選べたはずです

With a hundred different kinds of jeans on display,
何百種類ものジーパンを前にして、

there is no excuse for failure.
失敗は許されません

And so when people make decisions, and even though the results of the decisions are good,
だから人々が決断を下す時、 またその決断がたとえいいものであったとしても、

they feel disappointed about them;
それに満足が得られなかったら

they blame themselves.
自分自身を責めるのです

Clinical depression has exploded in the industrial world in the last generation.
ここ数10年で産業国において臨床鬱症状が爆発的に増加しました

I believe a significant — not the only, but a significant —
私は、これだけではありませんが、

contributor to this explosion of depression, and also suicide,
鬱病や自殺が爆発的に増えた

is that people have experiences that are disappointing because their standards are so high,
その要因の大部分に、人々の期待値が多きすぎて その結果、経験が不満足なものになってしまっている点に 起因していると思っています

and then when they have to explain these experiences to themselves,
そしてそのような体験を自分自身に説明しようとする際、

they think they’re at fault.
全て 自分の責任だと思ってしまうのです

And so the net result is that we do better in general, objectively,
すると総体的な結果として、一般的に、客観的には良い事になっているのに

and we feel worse.
気持ちは最悪になっています

So let me remind you.
そこで皆さん覚えていてください

This is the official dogma, the one that we all take to be true,
これが皆が自明のこととして信じている公式教義ですが、

and it’s all false. It is not true.
それはみんな嘘っぱち、真実ではないのです

There’s no question that some choice is better than none,
全く選択肢がないよりは多少あった方がいいに決まっています

but it doesn’t follow from that that more choice is better than some choice.
だからといって選択肢は多ければ多いほどいいということにはなりません

There’s some magical amount. I don’t know what it is.
私にはわかりませんが、秘密の数値があるのでしょう

I’m pretty confident that we have long since passed the point where options improve our welfare.
私は選択肢の多さが我々に繁栄をもたらすという地点を とっくに通過してしまったと自信を持って言えます

Now, as a policy matter — I’m almost done
そこで、政策問題として、もう少しで終わりますよ

— as a policy matter, the thing to think about is this:
政策問題として考えなくてはならないのは次の点です

what enables all of this choice in industrial societies is material affluence.
産業社会において選択肢を与えているものは物質的な豊かさです

There are lots of places in the world,
この世の中には、選択肢の多さが問題に なっているのではないところが

and we have heard about several of them,
まだ数多くあることを我々は聞き知っています

where their problem is not that they have too much choice. Their problem is that they have too little.
彼等の問題は選択肢が少なすぎることです

So the stuff I’m talking about is the peculiar problem of modern, affluent, Western societies.
だから私が言っていることは、近代の、豊かな 西欧社会独特の問題なのです

And what is so frustrating and infuriating is this:
そこで非常に不愉快でいらいらさせるのは次の点です

Steve Levitt talked to you yesterday about how these expensive and difficult-to-install child seats don’t help.  
スティーブ・レヴィットが昨日皆さんにお話した 高価で取扱が難しいチャイルドシートが何の効果もなく

It’s a waste of money.
お金の無駄だということ

What I’m telling you is that these expensive, complicated choices —
私が言いたいのは、このような高価で難しい選択肢が

it’s not simply that they don’t help. They actually hurt.
役に立たないだけではない 実際には危害を加えるのです

They actually make us worse off.
我々をより悪い方へと導く事になるのです

If some of what enables people in our societies to make all of the choices we make were shifted to societies in which people have too few options,
我々の社会において多くの選択肢を可能にしているものを、選択肢が少なすぎる 社会に移す事ができたとしたら、

not only would those people’s lives be improved,
選択肢の少なすぎる社会の人たちの生活が向上するだけでなく、

but ours would be improved also.
我々の生活も向上するのです

This is what economists call a “Pareto-improving move.”
これが、経済学者が言うところのパレート改善ということです

Income redistribution will make everyone better off — not just poor people
収入の再分配は、貧しい人たちだけでなく、全ての人たちを幸せします

— because of how all this excess choice plagues us. 
それは多すぎる選択肢の悩みから解放されるからです。

So to conclude.
結論として、

You’re supposed to read this cartoon,
この漫画を読んだ時、

and, being a sophisticated person, say,
洗練された人として

“Ah! What does this fish know?
あなたは「この魚が何を知っているのだろう

You know, nothing is possible in this fishbowl.”
この金魚鉢の中では何も可能性などないことを 知っているでしょうに」と言うべきなのです

Impoverished imagination,
創造力の欠如、

a myopic view of the world —
近視眼的な世界観、

and that’s the way I read it at first.
私も初めはそのように解釈していました

The more I thought about it,
でも色々考えを進めて行くうちに、

however, the more I came to the view that this fish knows something.
この魚は何事かを知っているかもしれないと思うようになりました

Because the truth of the matter is that if you shatter the fishbowl so that everything is possible,
それは、究極のところ、 可能性を広げるために金魚鉢を叩き割ってしまったら

you don’t have freedom. You have paralysis.
得られるのは自由ではなく無力感だからです

If you shatter this fishbowl so that everything is possible,
可能性を広げるために金魚鉢を叩き割ってしまったら

you decrease satisfaction.
満足度を低下させてしまいます

You increase paralysis, and you decrease satisfaction.
無力感を増大させ 満足度を低下させる

Everybody needs a fishbowl.
みんなが金魚鉢を必要としています

This one is almost certainly too limited
今あるものはどうしても限界がある

— perhaps even for the fish,  certainly for us.
我々にとってだけでなく 魚にとってさえも

But the absence of some metaphorical fishbowl is a recipe for misery,
でも隠喩的な金魚鉢の欠如は、不幸を作るレシピに過ぎません

and, I suspect, disaster. Thank you very much. (Applause)
また、大災害のもとにもなることでしょう ありがとうございました (拍手)




選択のパラドックス 上記の翻訳文に出てきた単語について




単語
worthwhile
やりがいのある

essential
欠かせない、本質

embed
はめ込む、埋める

occur
起こす、生じる

creme brulee
クレームブリュレ

rest
休む、目を向ける

assure
保証する

autonomy
自治権、自主性

burden
重荷

thus
このように

prescription
処方箋

inherit
受け継ぐ、相続する

With respect
~に関しては

assumption
仮説、仮定

preoccupy
心を奪う、夢中にさせる

laptop
小型で携帯可能なコンピューター

eternity
永遠、永久

presumably
思うに、多分

paradoxically
逆説的に

paralysis
麻痺

voluntary
自発的な、任意の

mutual
相互の

damn
とんでもない、ひどい

participate
参加する、預かる

alternative
二者択一の

in comparison
並べてみると

induces
勧誘する、その気にさせる

disappoint
失望させる

estate
地所、財産

escalation
エスカレーション、段階的拡大

expectation
期待

crap
くそ、排便、ばかばかしい

jaw


affluent
裕福

autobiographical
自叙伝の

Clinical depression
臨床鬱症状

objectively
客観的に

infuriate
激怒させる

redistribution
再配分

impoverish
貧しくする

myopic
近視の

misery
みじめさ、悲惨、苦悩



選択のパラドックス 心理学者バリー・シュワルツの講義和訳文 3



私の著書に書いたことについてお話しましょう。


今までにどこかで聞いたことのあるような事柄とリンクすると良いのですが、
そうでない方のために関連付けながら話していきましょう。

まずは公式ドグマから説明したいと思います。
何の公式定説なのか?西欧の産業社会全ての公式定説です。
公式定説ではこうなります。

もし我々が自らの市民を最大限に繁栄させたいのならば、
その方法は個人の自由を最大限にすることである。

その理由は、そもそも自由であることと自由そのものは、
素晴らしく、貴重で、価値があり、人であることの根幹をなしています。
さらに、もし人々が自由ならば、
自身の繁栄を最大限にするよう1人1人の判断に基づいて行動でき、
他の誰も私たちの代わりに決断する必要はありません。

自由を最大限に獲得するためには、選択肢を最大限に与えることです。
選択肢が多いほど自由度は増し、自由度が増すほど人々は繁栄するのです。

この考えがあまりにも深く浸透しているため
誰もこれに異議を唱えようとすら考えないのだと私は思います。

またこの考えは私たちの人生にも深く浸透しています。
そこで、近代の発展が私たちに可能にしてくれたものの例を
いくつか出しましょう。

まず、これが私が行くスーパーです。それほど大きくはないです。
サラダのドレッシングについて一言だけ言わせてください。
私のスーパーには175種のドレッシングがあり、
それに加えて10種のエキストラバージンオリーブオイルと12種のバルサミコ酢もあります。

もし店の175のドレッシングの中に気に入ったものがなかったとしたら、
オリーブオイルと酢で自分好みの多種多様なドレッシングを作ることだって出来るのです。
このスーパーはこんな感じでした。




選択肢過多の時代




では次に、ステレオシステムを作るために電気機器店に行ったとします。
電気機器店1店舗の中にスピーカー、CDプレーヤー、テープデッキ、
チューナー、アンプなど、こんなにたくさんのステレオシステムが揃っています。

この1店舗の中にある部品を組み合わせていくだけで、
650万種ものステレオシステムが組み立てられる計算です。
これは間違いなく莫大な数の選択肢ですね。
それからコミュニケーションの世界。

私が子供だった頃、マーベル社からでさえあれば
どんな電話サービスでも受けられる時代がありました。

当時、電話は買うものではなく借りるものでした。
それによって電話が壊れることがなくなるという影響がありましたね。

そんな日々も今は昔。今の私たちの前には、特に携帯電話の世界において、
ほぼ無限の選択肢が用意されています。

これらは携帯電話の未来の形です。
私のお気に入りは真ん中の、MP3プレーヤーと鼻毛切り、
クレームブリュレバーナーが一体化しているものです(笑)。

もしまだお近くの店舗で見かけていなかったとしても大丈夫です。
きっと近日中にお目にかかれますよ。
これが何をもたらすのか。
人々は来店の際にこう尋ねるでしょう。
「機能の少ない携帯電話はありますか?」。

その質問の答えを知りたいですか?
答えは「ノー」です。機能の少ない携帯電話を買うことは不可能なのです。
患者の自己決定権は、患者のためになっているのか

さて、購買活動以上に重要な人生の他の局面においても
同じような選択の爆発が確実に起こっています。

たとえばヘルスケア。アメリカではもう既に、
診察で医者がどうすればいいか教えてくれるということはなくなりました。

その代わりに、医者に診てもらった際に言われるのは、
AをすることができるしBをすることもできる、ということです。

「Aにはこのような効果とリスクがあって Bにはこのような効果とリスクがある。
あなたはどうしたいですか?」と聞かれるのです。

そこで「先生、私はどうしたらいいでしょう?」と聞きます。

すると医者はまた
「Aにはこのような効果とリスクが、
Bにはこのような効果とリスクがあります。あなたはどうしたいですか?」と言い、

あなたは「先生が私だったらどうしますか?」と聞く。

すると医者は「でも私はあなたではありませんから」と言う。

つまり結論は、俗に言う、患者の自己決定権です。
このような言い方をすると、とても良いことのように聞こえます。

しかし実際に何が起きているかと言うと、
決断権の重荷と責任をそれについての知識がある、
この場合は医者から知識のない少なくともとても具合が悪くて
判断をくだすには適していない患者に委ねてしまっているのです。

私やあなたのような消費者に対し、
莫大な処方箋薬のマーケティング活動が行われていますが、
考えてみると私たちには買うことが出来ないのですから、
これは全く理にかなっていません。




学生達への課題を20%減らした理由





では、なぜ私たちが購入できないものをマーケティングするのか?
それは、私たちが翌朝かかりつけの医者に電話をして処方箋を
変える指示を出すよう望んでいるからです。

このスライドの意味は、私達の個性というドラマチックなものでさえ、
今では選択できるということです。
私たちは個性を受け継ぐのではなく、発明できるのです。
そして、好きなだけ自分を再発明することができます。
つまり、毎朝目覚めた時に自分がどんな人になりたいのかを
決断しなくてはならないということです。

結婚や家族に関して言えば、以前はほぼ全ての人の共通認識として、
できるだけ早く結婚してできるだけ早く子づくりをするという考えがありました。

本当の選択は誰とするかであって、いつするかや、
その後どうするかではありませんでした。

しかし現在では、全てのものがどうにでもなってしまっています。
私は素晴らしく知性にあふれた学生達を教えています。

しかし、以前と比べ20%も少ない課題を与えています。
学生達の頭が悪くなっているわけでも、熱心でなくなったわけでもありません。
学生達が他のことで頭がいっぱいだからです。

「結婚をするべきか否か? 今結婚をするべきか?  
結婚を遅らせるべきか? 子供が先か、キャリアが先か?」

これら全てがあまりにも切実な問題です。
学生達は、私の出した課題を全てやり遂げるかどうか、
いい成績をとるかどうかに関わらず、
これらの問題の答えを出すのです。事実そうするべきなのです。
なぜならとても重大な問題ですから。




テクノロジーの進歩で常に仕事に囚われている状態に



カールが指摘していたように、私たちはとても恵まれています。
今や、テクノロジーのおかげで私たちは、
何時でも世界中のどこにいても仕事をすることができます。
ランドルフ・ホテルを除いてはね(笑)。

(会場笑)

実は1ヶ所だけWi-Fiが通じる秘密の場所があるのです。
私が使いたいので教えませんが(笑)。

つまり、仕事に対する敬意と共に私たちに与えられた
この素晴らしい選択の自由とは、
自らに対し何度も何度も問いかける「仕事をするか否か」という
質問への決断を下さなくてはならないことです。

子供のサッカーの試合を見に行っても、
後ろポケットには携帯電話、反対側にはモバイル端末をいれ、
おおよそ膝の上にはノートパソコンを開いている。

もしそれら全ての電源が落とされていたとしても、
子供がサッカーの試合をむちゃくちゃにしている間中
ずっと自問自答を繰り返すのです。

「この電話にでるべきだろうか? 
このメールの返事は? レポートのドラフトは?」

そして、例えそれらの答えが全て「ノー」であったとしても、
あなたの子供の試合は自問自答がなかった時とは
全く違った経験となってしまいます。



多すぎる選択肢は選択を困難にする




世界どこを見ても、大きなことも小さなことも、
物質的なことも生活に関わることも、人生は全て選択です。

私たちが以前生きていた世界はこのようなものでした。
「モーゼ 実は石に書かれている」。

(会場笑)

つまり、いくつかの選択がありました。
しかし全ての物事が選択ということではありません。
今、私たちが生きている世界はこんな感じです。

「DIY十戎キット」。 ここで出てくる問いは、
これは良いニュースか、悪いニュースか? その答えは「イエス」です。

(会場笑)

私たちは皆、その良さは知っています。
ですから私は悪い面について話したいと思います。
全ての選択には2つの影響がでます。
どちらも悪い影響です。

1つは、矛盾していますが、
これが開放感ではなく無力感を生むということです。

あまりにも多くの選択肢を前にすると、
人は選択が非常に難しいと感じます。

これの非常に良い例をひとつ出しましょう。
定年後の年金投資計画に関する研究において、
私の同僚がヴァンガードという巨大な投資信託会社から、
約2000ヶ所の職場に渡る、約100万人の社員の情報を手に入れました。

彼女が調べたところによると、
会社が提示する投資信託が10件上がるごとに
参加率は2%落ちたという結果が出たのです。

50件の投資信託を提示すると、
5件提示した時と比べて10%少ない社員が参加する。

何故でしょう? 50件もの投資信託が提示されると、
どれを選べばいいのか決めるのがとても難しくなり、
人は「明日やろう」と後回しにしてしまうのです。

次の日も「また明日」、「また明日」と延びていき、
結局決断を下す「明日」は2度ときません。




投資信託を選べない理由






理解すべきなのは、これが引退したあとに資金不足に陥り
ドッグフードを食べざるを得ない状況に陥ることだけでなく、
決断を下すことがあまりにも難しいために
会社から受け取る権利のある資金さえ放棄してしまっていることを意味していることです。

彼等は参加しないことによって、
会社が喜んで提供する年間5000ドルもの資金を受ける権利を
放棄してしまうのです。

この無力感は選択が多すぎることに起因しています。
そして、世界をこのようにしてしまいます。

「決めろ。ドレッシングを永遠に変えられないとしたらフレンチ、
ブルーチーズ、ランチのどれを選ぶ?」。

(会場笑)

今後に一生影響を及ぼす決断は正しく下したいですよね?
間違った投資信託や、ましてや間違ったドレッシングを選びたくはない。
これが1つ目の影響です。




取らなかった選択肢が、自分の選択の満足度を下げる




2つ目の悪影響は、このような無力感に打ち勝って
決断を下したとしても、選択肢が少なかった時と比べて、
決断の結果に対して得られる満足度は低いということです。

選択肢が多い状況での決断が、満足度を低下させるのには
いくつかの理由があります。

まず1つ目は、たくさんの選択肢の中から
1つのドレッシングを選んで買って、
それが完璧であった試しがありましたか?

もっといいものを選べたはずなのにと
想像することはいとも容易いことです。

そこで、何が起こるかというとこの取らなかった選択肢が、
自分の決断を後悔させることになります。

そして、この後悔が下した決断が例えとても良い決断だったとしても、
その満足度から差し引かれていくのです。

選択肢が増えれば増えるほど、
人は自分が選んだオプションに対して不満を感じやすくなります。

2つ目は、経済学者が機会費用と呼ぶものです。
選択肢が多くある場合、選ばなかった選択肢の良いところを想像し、
選んだ選択肢にその分不満を持つ度合いが多くなることは容易く想像できます。


選択肢が多ければ多い程、機会損失を感じやすい

ひとつの例をあげましょう。ニューヨーク出身の方には前もってお詫び申し上げます(笑)。

「西85番地の駐車スペースのことが頭から離れないよ」。

(会場笑)

このように考えてください。ハンプトンズに来ているカップルがいます。
不動産価値がとても高く、素晴らしい浜辺があり、とても天気が良い。

彼等はこの瞬間、全てを手に入れています。
これ以上良いことはあるのでしょうか? しかし、この男性はこう思っています。

「ええい、くそっ。今は8月、私のマンハッタンの隣人達は
みんなどこかに出かけている。今ならマンションの目の前の
駐車スペースがゲットできるじゃないか」。

それから2週間、素晴らしい駐車スペースを逃しているという考えに、
毎日毎日捕われているのです。

機会費用は、私たちの選択がどんなに素晴らしいものであっても、
その満足度から差し引かれていきます。

だから選択肢が多ければ多い程、
またそれらが魅力的であればあるほど、
それらは機会費用として私たちに跳ね返ってくるのです。

もうひとつの例をあげてみましょう。

(会場笑)

この画像は多くの点を示しています。ひとつは、今を生きるという点。
また、ゆっくりと時間をかけて物事を進めるということ。
でもこれは同時に、どれか1つのことを選んだとしたら
他のことをやらない選択をしたということでもあります。

そして、やらないその他のことには
たくさんの魅力的なものが含まれているかもしれない。

このような考えが、今自分のやっていることを魅力的でなくしているのです。
選択肢が多く与えられると期待値が上がってしまう。




3つ目は、期待値の増大です。
これはジーンズを買い換えに行った時に気がついたのですが、
私はいつもジーンズを履いています。
以前は、ジーンズは1種類しかなかったので、それを購入しました。

私の体に全然あっていなくて信じられないくらい着心地も悪かったですが、
長いこと履いて何度も洗うことによって何となく良くなっていきました。
そこで何年も何年も履いたジーンズを買い替えに行きました。

店員に「ジーンズが欲しい。サイズはこれです」と伝えました。
「スリムと、ストレートとリラックスとどれにしますか?
ボタンフライかジッパーにしますか? ストーンウォッシュ、それともアシッド?
ダメージ加工のものにしますか? ブーツカットにするか、テーパードにするか、
それともそれとも……」と永遠に続きました。

私は呆れて何も言えなくなってしまったのですが、
ほどなくして「以前ひとつしかなかったやつと同じものが欲しい」と言ったのです。

(会場笑)

その店員はそれがどんなものか検討もつかなかったので(笑)、
私はいろいろなジーンズを1時間にも渡って試着し、
正直に言うと今までで最高にフィットしたジーンズを手に入れてお店を後にしました。

これらの多くの選択肢が、私が最高のものを選ぶことを可能にしてくれました。
でも気分は最悪でした。何故か? 

私はそれを自分に説明するためにこの本を書きました。

(会場笑)

私の気分が最悪だった理由は、
これだけ多くの選択肢が与えられていることで
私にとって良いジーンズの期待値が上がってしまったからです。

もともと全く期待していませんでした。
選択肢がひとつしかなかった時は全く期待などしていなかったのです。

それが100種類に増えてしまった途端、
どれかひとつ完璧であるべきだと思うようになったのです。
そして私が買ったものだって良いものだったが完璧ではありませんでした。

期待していたものと実際に買ったものを比較すると、
期待していたものに比べて買ったものは満足度が低かったのです。

人々の生活に選択肢を増やすことは、
それらの選択肢に対する期待値を増大させることを余儀なくさせています。



幸せを得るための秘訣は、期待値を低く設定すること



そしてそれは結果が例えいいものだったとしても、
その満足度をより少なくするという事態を生み出します。
マーケティングの世界では誰もこのことを知りません。
知っていたとしても、誰もこれが何のことがわからないでしょう。

真実とはこのようなものです。
「全てが最悪だったときの方がうまくいっていた」。

(会場笑)

何もかもが良くなかった頃のほうが良かった理由とは、
何もかもが良く無かった頃は良い意味での驚きをもたらす
体験をすることが可能だったからです。

今現在、完璧を求める裕福な産業国に住んでいる
この世界で望みうる最高のことはものが期待通りであることなのです。

それはあなたや私の期待値が天井知らずになってしまったことで、
良い意味での驚きというものはあり得なくなったということです。

皆さんが今日ここに来た目的、幸せを得るための秘密は、
期待値を低く持つことなのです。

(会場笑)

「いつか誓うでしょう」。
少し個人的な話をすると、私の妻は大変素晴らしい女性です。
私にはもったいないくらいです。
一切妥協はしませんでした。でも必ずしも妥協が悪いとは限りません。



選択肢の多いなかでの決断は、自分自身を責める傾向にある



最後に、選択肢が1種類しかない場合に
きちんとフィットしていないジーンズを買うことの悪影響とは、
あなた自身が満足していない理由を考え、誰の責任かを自分に問うことです。

その答えは明白です。この世の中が悪い。あなたに何ができたでしょう?
ジーンズの種類が何100もある中から満足のいかないものを買ってしまった時、
その理由と誰の責任かを自問自答します。

この答えも同じく明白、あなた自身です。
あなたはもっと良いものを選べたはずです。
何100種類ものジーンズを前にして、失敗は許されません。
だから人々が決断を下す時、
またその決断がたとえ良いものであったとしてもそれに満足が得られなかったら、
人は自分自身を責めるのです。

ここ数10年で、産業国では臨床鬱症状が爆発的に増加しました。
これだけが理由ではありませんが、
鬱病や自殺が爆発的に増えたその要因の大部分は、
人々の期待値が高すぎたことで経験が不満足なものになってしまっている点に
起因していると私は思っています。

そしてそのような体験を自分自身に説明しようとする際、
全て自分の責任だと思ってしまうことです。
すると総体的な結果として、一般的に、
客観的には良いことになっているのに気持ちは最悪になってしまいます。

皆さん覚えていてください。
皆が自明のこととして信じている公式ドグマは、
みんな嘘っぱち、真実ではないのです。

全く選択肢がないよりは多少あったほうがいいに決まっています。
だからといって選択肢は多ければ多いほどいいということではありません。
どれくらいがいいのかは私にはわかりませんが、
選択肢の多さが私たちに繁栄をもたらすという段階をとっくに通り越してしまったと、
私は自信を持って言えます。



「選択肢の過多」は近代の独特の問題




そこで、政策問題として考えなくてはならないのは次の点です。
産業社会において選択肢を与えているのは物質的な豊かさです。
世界には選択肢の多さではなく、
選択肢の少なさが問題になっている場所がまだ数多くあるということを
私たちは聞いて知っています。

だから今私が言っていることは、近代の豊かな西欧社会独特の問題なのです。
私が言いたいのは、難しい選択肢は、役に立たないだけではなく、
実際に危害を加えるということです。

私たちをより悪い方へと導いているのです。
私たちの社会において多くの選択肢を可能にしているものを、
選択肢の少なすぎる社会に移すことができたとしたら、
選択肢の少なすぎる社会の人たちの生活が向上するだけでなく
私たちの生活も向上するでしょう。

これが、経済学者が言うところのパレート改善です。
収入の再分配は、貧しい人たちだけでなく全ての人たちを幸せします。
それは多すぎる選択肢の悩みから解放されるからです。



選択肢の広がりは、人を不幸にする




「あなたは何にだってなれるよ。限界なんてないのさ」。
結論、このスライドを見てあなたは洗練された人のように
「この魚が何を知っているのだろう? 

この金魚鉢の中では何も可能性などないことを知っているでしょうに」
と言うべきなのです。

創造力の欠如、近視眼的な世界観。
私も初めはそのように解釈しました。

しかし考えを進めて行くうちに、
この魚は何事かを知っているかもしれないと思うようになりました。

なぜならこの問題の根源は、可能性を無限にするために
金魚鉢を叩き割って得られるのは自由ではなく
無力感だということなのです。

可能性を広げるために金魚鉢を叩き割ってしまったら
満足度は低下します。

無力感を増大させ、満足度が低下します。
みんなが金魚鉢を必要としているのです。
魚にとってだけでなく、私たちにとっても、
今あるものには限界があります。
しかし隠喩的な金魚鉢の欠如は、不幸を作るレシピに過ぎません。
また、大災害のもとにもなることでしょう。




選択のパラドックスについての英文日本語訳と感想

Barry Schwartz: The paradox of choice
バリー・シュワルツ氏が語る、選択のパラドックスについて
http://www.ted.com/talks/barry_schwartz_on_the_paradox_of_choice.html

TEDの英文日本語訳資料
https://sites.google.com/site/tedjapaneseenglishnote/list/barry_schwartz_on_the_paradox_of_choice【キーワード抜粋】


選択のパラドックス 要点をまとめてみます。




・私達の個性というドラマチックなものでさえ、選択できることに成っている

・物質的なことも生活に関わることも 人生の全てが選択に集約されている

・全ての選択には二つの効果がある

・開放感ではなく無力感を生む

・50件の投資信託を提示すると、5件提示した時と比べて 10%少ない社員が参加

・どれを選べばいいのか決めるのが難しくなり 後回しにしてしてしまう

・選択肢が少なかった時と比べて、決断の結果に対して 得られる満足度は低い

・選択肢が増えれば増える程、自分が選んだオプションに対し、 不満を感じやすい

・多くの選択肢を検討しなくてはならないと
 選ばなかった選択肢の良いところを想像し
 選んだ選択肢に その分不満を持つ度合いが多くなる

・機会費用は、我々の選択が例えどんなに良いものであっても
 その満足度から 差し引かれていく

・人々の生活に選択肢を増やすことは、それらの選択肢に対する期待値を増大させることを 余儀なくさせ
 結果が例えいいものだったとしても、その満足度をより少なくする

・良い意味での驚きというものはあり得なくなっている
 我々の期待値が天井知らずになってしまったから

・幸せを得る秘密とは 期待値を低く持つということ

・人々が決断を下す時、またその決断がたとえいいものであったとしても
 足が得られなかったら、自分自身を責める

・鬱病や自殺が爆発的に増えた。
 人々の期待値が多きすぎて その結果、経験が不満足なものになってしまっている点に 起因している

・選択肢の多さが我々に繁栄をもたらすという地点を とっくに通過してしまった

・高価で難しい選択肢が役に立たないだけではない 実際には危害を加える

・我々の社会において多くの選択肢を可能にしているものを
 選択肢が少なすぎる 社会に移す事ができたとしたら
 選択肢の少なすぎる社会の人たちの生活が向上するだけでなく
 我々の生活も向上する

・経済学者が言うところのパレート改善

・収入の再分配は、貧しい人たちだけでなく、全ての人たちを幸せする
 


選択のパラドックス 総括



選択のパラドックス。
選択を増やすことは自由を持たせ人を豊かにするが、
多すぎる選択は逆に人を不幸にするという、
矛盾点について説いた動画と、その翻訳文でした。

気になるポイントは、
現代人の鬱病や自殺が爆発的に増えたのは選択の増大により
期待値が多すぎて自分を責める結果になっているという考えです。

特にそれは、慎重な性格だったり、完璧主義者、
考えすぎ、悪くいうと優柔不断といった人に多くなるのではないかと思います。

選択が多いほど考える量が多くなり、脳を消耗させます。
期待値を良くしようとするとそのプレッシャーが重荷になります。

しかし、選択のパラドックスから完璧な選択はできません。
現代のようなオプションが多く、選択が多い時代において
生きにくい人種なのかもしれません。

まずはそれを自覚するということが大事かと思います。
考えすぎない、期待を持ちすぎない。完璧でなくても良い。
悪い結果になった感じても自分を責めすぎない。
ネガティブに考えるのではなく、ポジティブに考えること。
そういった考え方を持つ必要があると思いますね。







そうは言っても、なかなか難しいのですが・・・。


また、選択が少なすぎるのも不幸であると言っています。
これは、発展途上国といった豊かでない国を指しています。
選択できるということは資金や自由において余裕があります。
収入の再配分はそういった点を考慮すると
全ての人を幸せにするという意味が理解できます。


多くの選択の中で後悔を減らす方法はないのだろうか?
自分なりに考えてみると
まず、選択はできたほうがいい。でも後悔はしたくない。
その中で選択数を絞るというのが良いのではないでしょうか?


商品の売り方として高いものをひとつ売り込むのではなく、
少しランクを下げたものを、選ぶようにする。

売り手としては、利益率を考えて
イチオシの商品を売りたいという考えがあります。

しかし、買い手として1つに搾られると
選択が難しく手を出しにくくなります。

これは買い手の性格にもよりますが、
とくに優柔不断、迷っている方には
2つ、メインと予備の2つの選択をさせると
お互い満足できる結果になる可能性が高いと言えます。


バリー・シュワルツに学ぶ、選択のパラドックス



TED~所持品をミニマムにすると生きやすくなる理由とは?
TEDトークスから、心理学者、バリー・シュワルツの
『選択のパラドックス』というプレゼンテーションをご紹介いたしましたが、


分かりやすく言うと、
主婦の普段着とよそ行きの服です。



少ない服はストレスフリーで生産性が上がる



というのも、服が少なければ着るものにいちいち迷う必要がないので、
時間もエネルギーも大幅に節約できますよね。

Appleのスティーブジョブズも、
仕事ではいつも、
白いTシャツとジーンズだったと言います。

同じことを考えてのことだったそうですよ。


「選択肢が多すぎるとかえって人は不幸になる」という理論。
今回とりあげるのは、この理論をシュワルツ先生自身が話しているもの。

なぜ選択肢が多いと人は不幸になってしまうのか、
わかりやすくユーモアを交えて説明しています。

長さは19分ほど。日本語の字幕が出ます。

この動画の撮影は2005年の7月で、
今から10年前。

まだスマホがなかったので、携帯電話の話が出てきます。
10年たって、選択肢の多さが人を不幸にしている状態は
ますます顕著になっている気がします。


工業化が進んだ西欧の国々では、
人は自由になればなるほど幸せである、と考えられています。

また、いろいろな局面で選択肢が増えれば増えるほど、
人は自由であると考えられています。

つまり、選択肢が増えれば増えるほど、
人は自由である、と思われているわけですが、
これは違うということですよね。

それには以下の2つの理由があります。

選択肢が増えると人はかえって不幸になる理由



理由1:多すぎる選択肢は、人を自由にするというより、麻痺させてしまう。
(paralysis 字幕では無力感と訳されているところ)。


選択肢が多ければ多いほど、選ぶのが難しくなってしまうのです。

理由2:仮に選ぶことができたとしても、選択肢がより少ないときに比べると、
その選んだ結果に満足しにくい


これにはいくつかの理由があります。

1)選んだものが期待どおりでなかったとき、
ほかの選択肢を思い浮かべ、あっちにしておけばよかったと後悔してしまう。(例としてサラダドレッシングをあげています)。


2)オポチュニティーコスト
選択肢が多いと、それを選択したことによって、
失ったたくさんのものについて考えてしまい、
選んだ結果に対する満足度が下がる。たとえ、素晴らしい選択をしていたとしても。


※オポチュニティーコストとは、
ある行動を選択したことによって失われるほかの行動が生み出したであろう利益です。

たとえば、日曜日にフリマで断捨離した古着を売るつもりで準備していたけど、
友だちにピクニックに誘われたので、そっちに行ってしまった場合、
フリマで古着を売ったら得られたであろうお金のこと。)

3)期待する気持ちが高まる
ジーンスを買いに行き、だった1種類しか選択肢がなくて、
それを買ったときより、いろいろ履き比べて選んだときのほうがは、
ジーンズそのものに対する期待がより高まってしまう。


選択肢が増えると、人はそれらの選択がよりいいものだと期待してしまう。

4)選択を誤ってしまったとき自分を責める
ジーンズが1種類しかなく、それがイマイチだったら、
それは世間(この世界)のせいである。
しかし、さまざまなジーンズの中から選んだ1本が期待どおりでなかった場合、
それは「適切な選択をできなかった自分のせいだ」と人は思う。




最近のうつや自殺の原因は、
人々のいろいろなものへの期待や、
これが標準だと思っているもの(スタンダード)の基準が高すぎるからです。


「選択肢が増えれば増えるほど、人は幸福である」というのは、違うのです。
私たちは、幸福になれるちょうどいいぐらいの選択肢以上のものを持ってしまっています。


先進国で選択肢が多いのは、物が豊富にある(material affluence)せいです。
世界には物が無さすぎて困っている場所もあります。


選択のパラドックス 選択肢が多いのはいいことなのか、悪いことなのか



確かに選択肢が多いと、より自分らしい人生を送ることができ、
幸せになれると言えます。

たとえば、昔の女性は学校を卒業したら、
数年会社に勤めて、結婚適齢期の間に結婚して、
家庭に入ったら、仕事は辞めて、ずっと家事と子育てに専念、
という道がスタンダードでしたね。

今は、晩婚化と言われていますし、
必ずしも結婚する必要はないし、
早く結婚してもいいし、遅く結婚してもいい、
仕事をずっと続けてもいいし、辞めてもいい、
数年で職場復帰してもいいし、パートで働いてもいい、
といろいろな道があります。

これは女性にとっては嬉しいことですね。

しかしその分、人生の局面でいろいろ迷います。
動画に出てきた「人は毎朝自分のアイデンティティを選びながら生きている」
というのはこういうことだと思います。

ただでさえ、こうした選択で、
日々、エネルギーを取られているのに、
瑣末な物質的なものをいちいち選んでいると
ますます疲れてしまいます。

いろいろありすぎて、迷って、
「もうどうでもいいや」と投げやりになって、
選択を放棄してしまうのです。
せっかくいろいろなチョイスがあるのにも関わらず。


ご飯を食べるために入った店が、
選択肢の多いメニューを提供していたとして、

ランチで、主食、副食、デザート、ドリンクのセットもので、
それぞれについて選択肢があったらどうですか?

組み合わせを考えると、けっこうな種類になります。

メニューをじっくり見て、主食をAにすると、副菜はBがいいだろうけど、
そうすると、デザートCは主食には合うけど、副菜には合わないな、
ドリンクは冷たいほうのDになるけど、
冷房が効きすぎてるから冷たい飲み物は嫌だし・・・

なんて言い始めて迷いますよね (笑)


もういっそのこと、
お任せで頼めたほうが楽だと思ってしまいますよね。


組み合わせメニューはよりお客さんの好みにあったものを
食べてもらいたいという気持ちからかもしれませんが、

お客さんによっては、
こういうのはかえって、面倒だと言う人も居るはずです。


さんざん迷ったあげく選択しても、
その結果に満足できないというのも体験としてよくわかります。


選択が1つだったら、それで突き進むしかないのですから、
迷うことも無い訳です。



「選択肢が多すぎると、そのものに対する期待値があがる」
というのは考えたことがなかったのですが、そうかもしれませんね。

ランチメニューが1つしかない店より、
いろいろ取り揃えている店のほうが良さそうに感じてしまいますから。


私たちはこういう無数の選択を日々繰り返しています。
そして自分でも知らないうちに、気力(メンタルエナジー)を使ってしまい、
ストレスを抱えることになるのです。

暮しをシンプルにすると、
色々と生きやすくなるのは、このようにあれこれ迷う機会が減るからです。

洋服はもちろん、ガジェットなども多すぎると、
使い分けを考えたりしなければなりません。

持ち物は必要な分だけ持ち、
自分の定番を決めて生活を簡単にしておくほうがいいのです。

ずっとシンプルライフや断捨離が流行っていますが、
一方で、100円均一ショップや、アウトレットショップ、ファストファッションを扱う店で、
毎日大量の物が販売されています。

何も意識せずに暮していると、
日々、たくさんの選択をする羽目になります。

こういうシンプルで何も持たない暮しが流行る理由の1つに、
多すぎる選択肢の罠に囚われたくないという思いを、
多くの人が抱えているからではないかと感じます。

これからは、できるだけ、物とやることを減らして、
ミニマルな暮しに持っていったほうが、
より心穏やかで幸せな人生を送れるのではないかと
考える人が多いということなのでしょうね。



TEDで知った選択のパラドックスと幸福な人生の関係




選択のパラドックスと、それがどう人生の幸福につながるかを
知ることができましたか?

プレゼンテーションのポイントは以下の通り。

自由と選択肢
選択の悪影響
適度な不自由

ひとつずつ自分でも整理しながらまとめていきます。


選択のパラドックス 自由とは選択肢が増えること?



「自由ってなんだ?」という問いに対して、
昔からいろんなところで研究がされてきましたが、
バリー・シュワルツ氏が公式教義と呼ぶもの
(常識みたいなことでしょうか)は以下のようなものです。

人々の繁栄による幸せ=個人の自由が最大化されること
自由の最大化=選択肢が最大化すること

つまり、選択肢が増えることで、
自由度が増し、人は幸せになるということですね。


選択のパラドックス 選択肢の多さが生む3つの悪影響



ただし、選択肢が増えることが必ずしも幸せにつながるわけではない
という研究結果が最近増えている様です。

公式教義が違うのではないか!?
という疑問が生まれたわけです。


1.無力感が生まれる

あまりにも多くの選択肢を前にすると、人は選べなくなってしまい、
無力感を感じてしまうことがあるようです。

シーナ・アイエンガー教授のジャムの実験でも
明らかになってます(「選択の科学」より)。

「ジャムの法則」は、アイエンガー教授が、
ドレーガーズという高級スーパーマーケットを舞台に、
1995年に行った実験で、「豊富な選択肢は売り上げをあげる」
というお店の方針を実証しようとするものでした。

ところが、結果は逆、24種類のジャムを売り場に並べたときと、
6種類のジャムを売り場に並べたときでは、
前者は、後者の売り上げの10分の1しかなかったのです。


2.満足度が下がる

無力感を越えて決断をした場合でも、
選択肢が少ない場合と比べて、選択肢が増えれば増えるほど、
その選択への満足度が下がってしまうという悪影響もあるようです。

これは、選択しなかった別の選択肢の良い所を想像してしまい、
その分選んだ選択肢に対して不安・不満を持ってしまうこと(経済学的には機会費用と呼ぶ)と、
また、選んだ選択肢が完璧でなかった場合に、
選ばなかった選択肢の方がよかったのでは?と自分の決断を後悔してしまうことにつながるからです。

3.期待値が増えすぎる

2と似ていますが、3つ目の悪影響は、
選択肢が多いと期待値が増えすぎてしまうことです。
ひとつしか選択肢がない場合は期待も高まりませんが、
選択肢が多くなると、いろんな比較ができるために
良い選択肢の基準がかなり上がってしまうそうです。

選択肢が増えすぎると、良い意味での驚きが無くなるんでしょうね。

選択のパラドックス 適度な不自由が幸せを生む



結論としてバリー・シュワルツ氏が言っていたのは、
適度な不自由が幸せを生むということ。

要は、バランスが大事、ということですね。

選択肢は増えれば増えるほど良いと思って、
自身も選択肢を増やし、人にも増やすことができたらいいな、
と思って生きてきたので、結構考えさせられました。


選択のパラドックス 選択肢が多いとストレスになる


今の世の中には情報があふれています。
人はその情報の中から自分に有効な情報を選択していかなければなりません。
その選択をするというストレスは今後も増えていくでしょう。

人が一度に頭の中にとどめておくことができる数は7±2であると言われています。
つまり、5~9個の選択肢であれば頭の中で比較ができるわけです。

お客様に選択を促す場合には、
この数値の範囲内とすることでお客様の選択のストレスが解消されます。

事業は、お客様に対して自社の製品やサービスを提供することで成り立っています。
お客様により幸せになっていただくためにも、
自社の製品・サービスを絞り集中することも時には必要になってきます。

お客様のことを第一に考えて、
選択肢を絞って選んでもうらう、
というのが一番有効なのでしょうね。



選択のパラドックスは、決定理論のwikipediaにも載っている。



決定理論(けっていりろん、英: Decision theory)は、
個別の意思決定について価値、不確かさといった事柄を
数学的かつ統計的に確定し、
それによって「最善の意思決定」を導き出す理論。
意思決定理論とも。ゲーム理論へ応用されることが多い。

選択におけるパラドックス

よく見られるパラドックスは、選択肢が増えるほど間違った意思決定を
することが多くなるというものである。

その原因の理論付けとしては、分析麻痺や合理的無知といった概念がある。
Sheena S. Iyengar や Mark R. Lepper などの研究者が
この現象に関する研究を発表している[5]。
このような研究を一般に知らしめた著書として Barry Schwartz の The Paradox of Choice (2004) がある。


出典元:wikipedia


選択肢が増えて自由になると、

無力感を感じ、
満足度が下がる、
期待値が増え過ぎる、


という結果でしたね。

無力感を感じてしまうので、選択が多いというのも考えものです。

選択肢が多いと、他の選択肢の結果が気になって満足できなくなるのも考えものです。

選択肢が多いと、期待値が増え過ぎて、良い結果になっても驚きが無くなります。


結果、人生全部が自分の思うようにならない訳ですし、

自分が当時選択したものは、当時の自分が最良の決断をしたんだと

考えることが大事だと思うのです。


そのときの自分にとっては、

一番良いと思う判断をしてきて、

その結果の積み重ねが今なのですから、

それが最高の選択だったんだと思うほうが良いと思います。


過去に戻れたら・・・とか考えてもしょうがないですし、

当時の自分にとっては、ベストの選択だったんですから、

昔に戻っても同じ選択をしただろうと思って、

今が最高だと思うほうが、気持ちよく、

毎日を過ごせると思いませんか?


正直、あのときの選択は失敗だったかな、

と思うときはありますが、


現在も健康で生きていられているということは、

最低限のところ、思う様になってますからねw


来ると思っていた明日が、

変わりなくいつも通りやってくるのは、

思う様になっているのだと思って、

毎日コツコツやれることをやるだけです。


結局、人間の人生は、

産まれた瞬間から、

歩む人生をある程度決められているのではないか、

と思うんですよね。



今日も私は生かされています。


あなたも今回の人生で、

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今日も最後までお読みいただき、
ありがとうございました!



sena.



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